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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)4063号 判決

原告

宗形隆

右訴訟代理人弁護士

橋本和夫

被告

富士火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

渡辺勇

右訴訟代理人弁護士

江口保夫

泉澤博

戸田信吾

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、六九二万四〇五一円及びこれに対する昭和六一年七月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一請求原因

1  保険契約の締結

訴外山室昌二(以下「山室」という。)は、昭和五六年七月二六日、被告との間で、普通保険約款により、その所有する普通乗用自動車(足立五七や九六八一号、以下「本件自動車」という。)について、対人賠償保険金額七〇〇〇万円、保険期間昭和五六年七月二六日から昭和五七年七月二六日までの一年間として、本件自動車の所有、使用又は管理に起因して他人の生命又は身体を害することにより、山室が法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害を被告が填補する旨の対人賠償責任条項を含む自家用自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

2  許諾被保険者

(一) 右自家用自動車保険普通保険約款(以下「本約款」という。)一章三条一項三号は、保険証券記載の被保険者(以下「記名被保険者」という。)の承諾を得て保険証券に記載された自動車(以下「被保険自動車」という。)を使用又は管理中の者も被保険者に含まれる(以下「許諾被保険者」という。)旨規定(以下「許諾被保険者条項」という。)している。

(二) 原告は、左のいずれかの理由により、本約款にいう許諾被保険者に該当する。

(1) 山室は、昭和五七年三月ころ、訴外上原浩(以下「上原」という。)に対し、本件自動車を代金一二万円で売却してその引渡しも了したが、本件事故当時代金の一部二万円が未払であつたため、その所有権は未だ山室に留保されていたというべきところ、右売買契約によつて山室から本件自動車の包括的な使用を承諾された上原は、昭和五七年五月三〇日ころ、原告に対し、本件自動車の使用を承諾した。

(2) 仮に、本件自動車の所有権が既に上原に移転していたとしても、右売買契約によつて記名被保険者たる山室から本件自動車の包括的な使用の承諾を得た上原はやはり許諾被保険者に該当するというべきであるから、上原から更に本件自動車の使用の承諾を得た原告も許諾被保険者に該当する。

(3) また、右(2)の主張が認められないとしても、本件自動車の所有権が上原に移転したことに伴い、商法六五〇条により本件保険契約上の地位は上原に移転したというべきものである。そうすると、原告は、昭和五七年五月三〇日ころ、記名被保険者たる上原から、本件自動車の使用の承諾を得たことになる。

3  事故の発生

原告は、昭和五七年五月三〇日午前零時五〇分ころ、訴外小菅幸一(以下「小菅」という。)及び上原を同乗させ、本件自動車を運転して東京都足立区関原二丁目四二番八号先道路上を環状七号線方面から西新井方面へ向かつていた際、高速度で走行していたにもかかわらず、急制動措置を取りながらハンドルを左に転把した過失により、同車を左斜め前方に暴走させて路外店舗に衝突させ、小菅を脳挫傷及びクモ膜下出血により死亡させ、上原に加療約二か月を要する頭部・胸部外傷等の傷害を与えた(以下「本件事故」という。)。

4  和解契約の締結

原告は、本件事故により生じた小菅及び上原の損害を賠償すべき責任を負うべきものであるところ、昭和五九年三月一〇日、小菅の相続人及び上原との間で、右損害賠償につき次のとおり和解契約を締結した。

(一) 原告及び小菅の相続人は、本件事故により死亡した小菅及びその相続人の損害が二六〇八万〇三六四円であることを確認し、原告は、小菅の相続人に対し、本件事故による損害賠償として、自動車損害賠償責任保険等からの既払金二〇〇八万〇三六四円を除き、六〇〇万円を次のとおり支払う。

(1) 昭和五九年三月一〇日限り二〇〇万円

(2) 昭和五九年四月から昭和六一年五月までの間毎月末日限り一五万円

(3) 昭和六一年六月末日限り一〇万円

(二) 原告及び上原は、本件事故により負傷した上原の損害が治療費三三万四〇五一円、家政婦料一四万円及び休業補償四五万円であることを確認し、原告は、上原に対し、本件事故による損害賠償として、右合計額九二万四〇五一円を昭和五八年七月一三日限り支払う。

5  損害の発生

原告は、右和解契約に基づき、昭和六一年六月三〇日までに前記損害賠償額の合計六九二万四〇五一円全額を支払つた。したがつて、原告は、本件事故による法律上の損害賠償責任を負担し、これを履行したことにより、右支払額相当の損害を被つた。

6  結論

よつて、原告は、被告に対し、本約款の対人賠償責任条項に基づき、填補金六九二万四〇五一円及びこれに対する訴状送達の翌日以後であり、前記損害賠償の最終支払期日の翌日である昭和六一年七月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1(保険契約の締結)の事実は認める。

2(一)  同2(許諾被保険者)のうち、(一)は認める。

(二)  同2(二)の(1)、(2)のうち、山室が昭和五七年三月ころ上原に対し本件自動車を代金一二万円で売却して引き渡したこと及び本件事故当時その代金の一部二万円が未払であつたことは認めるが、次に述べるとおり、原告が本約款にいう許諾被保険者に該当する旨の主張は争う。

すなわち、所有権移転の効果は、取引慣習又は当事者の特段の合意がない限り、売買等の意思表示をもつて生ずるものであるところ、一般に自動車の売買においては、代金支払の確保のため所有権を売主にとどめる必要があるときには所有権留保特約を付すというのが取引の実情であることに鑑みれば、特段の事由もないのに代金完済をもつて所有権移転の効果を生ずるとするのは著しく取引の実情に反し、かかる取引慣習の存在は認め難く、当事者間の合理的意思解釈としても右のような合意があるとはいえない。また、仮に所有権移転の効果は債権の発生を目的とする意思表示のみでは発生しないという考え方に立つとしても、自動車のように使用価値に重きがあり、かつ、使用に伴う価値滅失の危険のある物は、目的物の支配の移転すなわち引渡しによつて所有権が移転すると解するのが合理的である。したがつて、いずれの見地からしても、右売買契約と同時に上原に引き渡されていた本件自動車の所有権は既に上原に移転していたというべきである。

そして、本件保険契約に含まれている対人賠償責任条項は、被保険自動車の所有、使用又は管理に起因して他人の生命又は身体を害することにより、被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害を填補するものであるから、当該条項の被保険利益とは、被保険自動車の事故により被保険者が損害賠償責任を負担することにより減少すべき同人の一般財産である。ところで、記名被保険者が被保険自動車を他人に譲渡すれば、記名被保険者は当該自動車につき何らの運行支配・運行利益も有せず、しかも本約款にいう所有・使用・管理の事実もなくなるのであるから、右自動車により惹起された事故によつて運行供用者及び本約款にいう所有・使用・管理者としての責任を負うこともなくなるはずである。そして、本件自動車の所有権が山室から上原に移転したことは既に述べたとおりであり、本件自動車については記名被保険者たる山室に被保険利益はないのであるから、本件自動車は当該保険関係から離脱しているというべきであり、また、本件自動車に対する支配権を失つた山室による本件自動車の使用許諾は、仮にかかる概念を想定するとしても、許諾被保険者性を裏づける行為としては何ら意味がなく、上原及び原告が許諾被保険者になることはありえない。

また、仮に本件自動車の所有権が山室に留保されていたとしても、自動車の売買における売主の所有権留保は売買代金債権の担保を目的とするものであつて、既に引渡しを了している本件において、売主には譲渡された自動車について運行供用者性は認められないから、売主たる山室にはやはり被保険利益がなく、同人による本件自動車の使用許諾は、前記同様法的には意味がなく、上原及び原告がこれにより許諾被保険者性を取得する余地はないというべきである。

(三)  同2(二)の(3)のうち、保険の目的物の譲渡につき商法六五〇条の規定があることは認めるが、本件では、後記三に述べるとおり、同法条は本約款六章五条により適用除外されており、原告の主張は失当である。

3  同3(事故の発生)の事実はおおむね認める。ただし、本件事故当時本件自動車に上原が同乗していたこと及び上原が本件事故により傷害を負つたことは知らない。

4  同4(和解契約の締結)及び同5(損害の発生)の事実は知らない。

三  免責の抗弁

1  本約款六章五条一項は、被保険自動車が譲渡された場合であつても、原則として本件保険契約によつて生ずる権利義務は譲受人に移転せず、保険契約者が右権利義務を被保険自動車の譲受人に譲渡する旨書面をもつて保険会社に通知し保険証券に承認の裏書を請求した場合において、保険会社がこれを承認した場合に限り右権利義務が譲受人に移転する旨規定し、同条二項は、保険会社が前記承認裏書請求書を受領したのちを除き、被保険自動車が譲渡されたのちに被保険自動車に生じた事故については保険金を支払わない旨規定している。

右条項は、当事者の意思を推定した任意規定である商法六五〇条の自動車保険への適用を排除したものであるから、山室から上原への本件自動車の譲渡につき、被告に対し何らの通知、承認の裏書請求がない本件においては、被告は保険金の支払義務を負わない。

2  本約款一章八条一号は、被保険自動車の所有、使用及び管理に起因して記名被保険者の生命又は身体が害された場合には、免責される旨規定している。

したがつて、仮に上原に本件保険契約上の権利が移転しているとすれば、同人は記名被保険者たる地位を有しているというべきであるから、被告は、原告の上原に対する損害賠償については填補責任を負わない。

四  免責の抗弁に対する認否及び再抗弁

被告主張の各免責条項が本約款中に存在することは認めるが、右各条項が本件に適用されるとする主張はいずれも争う。

本約款六章五条一項の免責規定は保険契約者に不利益な条項であるところ、一般の保険契約者にとつて、目的車両を譲渡すれば保険契約はそのまま譲受人に移行すると考えるのが常識であるし、保険会社又は代理店は、保険契約の際保険契約者に対し右免責約款の説明はしないのが通常であるから、一般の保険契約者はこのような免責約款について全く知らないのが普通である。したがつて、右免責約款に該当する事実があつたとしても、手続的な承認裏書請求をしなかつたという形式的理由で保険金の支払を拒絶するのは、権利濫用又は公序良俗違反で許されないというべきである。

五  再抗弁に対する認否及び反論

再抗弁事実はすべて否認し、権利濫用又は公序良俗違反の主張は争う。

自動車保険においては、被保険自動車の運行を支配する者が何人であるかによつて保険事故発生の危険が著しく異なり、右危険の度合によつて保険料も決定されているから、保険者としては、被保険自動車の譲渡があるときは速やかに譲受人の事故発生の危険を審査し、保険料率を定めあるいは保険契約上の権利の移転の拒否を決定するため、保険契約上の権利の譲渡の許可を求められることについて重大な利益を有するのであり、かつ、大量迅速な処理のために右許可手続に裏書を要求し、これなくしては保険契約上の地位の移転を認めないとする画一的処理をすることには合理的理由がある。

他方、被保険者は、被保険自動車を他に譲渡した場合、新たに買い換えた自動車に元の保険契約を流用することによつて、前の自動車と同一の無事故割引等の適用された低廉な保険料で保険契約を継続しうる利益を有するところ、仮に承認裏書請求制度が存在せず、被保険自動車の譲渡に伴い譲受人に保険契約上の地位が当然に移転するとすれば、被保険者としては右利益を享受することができないことになるから、右承認裏書制度は被保険者の利益にも合致するのである。さらに、被保険自動車の所有者が何人であるかが保険契約上重要な影響を持つことは保険契約者にとつても当然推測しうるものであるし、また、被保険自動車の所有権を失つたのちも保険料支払義務を負担すべき理由はないのであるから、仮に承認裏書制度の存在を知らないとしても、右保険料負担回避のために、被保険者において、保険者に対して何らかの連絡をなすべきであることが容易に想像でき、かかる連絡をすれば当然に保険者から承認裏書の手続を指示されることが予想されるから、約款上右手続の規定の存在を知らなくても通常の被保険者にとつてはさしたる負担はない。

また、被保険自動車の譲受人としても、自己の危険に見合つた保険契約を締結しなければならないことは保険制度上当然のことであり、前記免責約款は右譲受人にとつても何ら不合理なものではない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(保険契約の締結)の事実は当事者間に争いがない。

二そこで請求原因2の原告の許諾被保険者性の有無について判断する。

1  請求原因2(許諾被保険者)の事実のうち、本約款中に許諾被保険者条項が存在すること、山室が昭和五七年三月ころ上原に対し本件自動車を代金一二万円で売却して引き渡したこと及び本件事故当時その代金の一部二万円が未払であつたことは当事者間に争いがなく、また、右売買の際特段の所有権留保約款が付されていたことを認めるに足りる証拠はない。右認定事実によれば、本件自動車の所有権は、右売買契約時又は少なくとも本件自動車の引渡時に上原に移転したと解するのが相当であり、代金の一部二万円が未払であることは、代金の完済を所有権移転条件とする特約の認められない本件では何ら右認定の妨げにはならないというべきである。そうすると、本件事故当時本件自動車の所有権が山室に留保され、未だ上原に移転していなかつたことを前提とする原告の許諾被保険者性の主張は、その前提を欠くこととなり、失当といわざるをえない。

また、山室は、本件自動車の所有権を譲渡したことにより、本件自動車の支配権及び記名被保険者たる地位を喪失したというべきであるから、記名被保険者たる同人が右売買契約によつて上原に対し本件自動車の使用を承諾したことによつて上原が許諾被保険者に該当するとする原告の主張も、また理由がなく、失当である。

2  ところで、本件自動車の所有権が売買契約によつて山室から上原に移転したと解されること前記のとおりであるから、進んで商法六五〇条の適用の有無について判断する。

まず、一般論として、同法条は、物の経済的価値を保険の目的とするいわゆる物保険については、保険の目的物の移転に保険関係を随伴させることが当事者の合理的意思に適合するものとして、その通常の意思を推定した規定であつて、被保険者の一般財産を保険の目的とするいわゆる責任保険に直接適用すべきものではない。しかしながら、自動車対人賠償責任保険は、責任保険に属するものとはいえ保険事故発生の可能性が特定の被保険自動車に密接に関連しており、被保険自動車が譲渡されると譲渡人の保険事故発生の可能性が失われ、譲受人にその危険性が移転してしまうという特質を有することを考えると、自動車対人賠償責任保険にも同条を類推適用するのが相当と解すべきである。

そこで、免責の抗弁1及びこれに対する再抗弁について判断するに、本約款六章五条一項に、被保険自動車が譲渡された場合であつても、原則として保険契約によつて生ずる権利義務は譲受人に移転せず、保険契約者が右権利義務を被保険自動車の譲受人に譲渡する旨書面をもつて保険会社に通知し保険証券に承認の裏書を請求した場合において、同会社がこれを承認した場合に限り右権利義務が譲受人に移転する旨規定され、同条二項に、保険会社が前記承認裏書請求書を受領したのちを除き、被保険自動車が譲渡されたのちに被保険自動車に生じた事故については保険金を支払わない旨規定されていることは当事者間に争いがないところ、右条項が、任意規定と解される商法六五〇条の適用を排除する趣旨であることは明らかである。

しかるところ、原告は、右条項を本件に適用することは権利濫用又は公序良俗違反であると主張する。しかし、〈証拠〉によれば、保険会社は、保険契約締結の際、保険契約者に対し、保険のしおりによつて右条項を知らしめているものと窺われるうえ、譲渡人としては、自動車を譲渡する際、保険期間の途中で自動車を入れ替えた場合でも新規車両に現契約を流用することが認められているため、現契約を自己に留保しておく利点があり、また無事故割引の資格を維持して割引率を累積する利点もあることから、保険契約上の権利義務を譲受人に同時に譲渡するよりも、譲渡人自身が新たに取得する自動車にそのまま引き継ぎたいという意思を有することが一般的であると認められるのであつて、右事実に徴すると、一般の保険契約者にとつて、目的車両を譲渡すれば保険契約はそのまま譲受人に移行すると考えるのが常識であるとする原告の主張はにわかに首肯し難いばかりでなく、本約款の右条項は、被保険自動車を他に譲渡する場合の譲渡人の通常の意思に適合した規定として合理性を有するというべきである。のみならず、〈証拠〉によれば、保険契約上の権利義務の移転に承認裏書請求を必要とする規定は、自動車の所有者の変更は事故発生率に大きな影響を与え、予測危険率と保険料率との均衡等保険契約の基礎に重要な変更を加える可能性があるため、保険者に保険契約の解除ないし追加保険料の徴収等の条件変更の機会を与える必要から設けられたものであることが認められるところ、その趣旨は、自動車保険制度の健全な維持発展の観点から十分肯認できるものである。ちなみに、これを本件に即してみると、〈証拠〉によれば、山室は、本件事故より約一年前に本件自動車を中古車販売会社から購入し、同時に被告との間で本件保険契約を締結したこと、同人はその後自ら本件自動車に改造を加え、車高を低くするとともにハンドルを小径のものに取り換え、また溝が半分ほどすり減った幅広のタイヤを取り付けるなどしていたこと、山室から本件自動車を買い受けた上原と本件事故当時本件自動車を運転していた原告は、いわゆる暴走族の構成員であり、本件事故当時も、同じ暴走族のリーダーであつた小菅を同乗させたうえ、暴走族の行う「ゼロヨン」と呼ぶレースを見物するため近くのフェリー乗り場に向かう途中で本件事故を起こしたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はないところ、右認定事実に照らすと、本件においては、本件保険契約締結後に事故発生率に大きな影響を与える著しい事情変更が生じているというべきであるから、被告に対し、これに対応する機会を与えるべき事由があつたというべきである。

なお、保険契約の留保を望まない保険契約者にとつても、右譲渡承認裏書請求によつて保険契約を譲渡する道が開かれていることに加え、当裁判所に顕著な自家用自動車保険普通保険約款六章一三条によれば、これが認められず保険契約が解除されたときは、既経過保険料を差し引いた分の保険料の返還を受けうる道も用意されていることが認められ、さらに、譲受人も自己の危険に見合つた新たな保険契約を締結することは可能であるから、保険利用者にも格別の不利益を与えるものとは認め難い。

以上のとおり、本約款六章五条を本件に適用することは権利濫用又は公序良俗違反であるとする原告の主張は理由がなく、採用の限りではない。したがつて、山室から上原への本件自動車の譲渡につき、被告に対し承認の裏書請求をした事実の主張立証のない本件においては、上原への本件保険契約上の権利移転を認めるに由なく、同人が記名被保険者たる地位を取得する余地はないから、記名被保険者たる上原から本件自動車の使用を承諾されたことを前提とする原告の許諾被保険者性の主張もまた失当である。

三以上のとおり、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎 勤 裁判官藤村 啓 裁判官潮見直之)

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